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粒子線治療の歴史


 放射線のがん治療への応用は、1895年にレントゲン博士がエックス線を発見し、1898年にキューリー夫妻がラジウムを発見したところから始まっています。放射線は現代医療の診断や治療に広く使われています。以来、約100年の歴史がありますが、今日の放射線治療はコンピュータの発達により、ライナックナイフ、サイバーナイフ、強度変調放射線照射(IMRT)などの高精度の放射線治療を可能にしました。  

 粒子線によるがん治療の歴史も古く、荷電粒子線のがん治療への応用は、ハーバード大学のシンクロサイクロトロンの建設にむけてのロバート・ウイルソン博士の論文(1946年)に始まっています。そこには、陽子線の線の持つユニークな線量分布、体内飛程端末の高い線量密度(ブラッグピーク)の活用が提唱されています。また、将来もっと高エネルギーのビームが利用可能になれば, 多重散乱、生物効果比を考えるとアルファ線や炭素イオン線等の重い粒子線が一層有効であろうとも記されています。

 1950年代に、物理研究のため大型の加速器が開発され、アメリカのバークレー研究所やスウェーデンのウプサラ研究所で加速器を用いたがん治療の研究が始まりました。治療への応用は、1961年にハーバード・サイクロトロン研究所(HCL)とマサチューセッツ総合病院(MGH)が共同で開始した陽子線治療が最初です。

 粒子線治療の提唱から、実際に治療に応用されるまで、長い年月がかかっています。これは、治療に必要な粒子線を作り出す加速器が出来ていなかったことと、体の中にあるがん病巣の形と位置が正確に診断できなかったためです。しかし、コンピューター技術の進歩により、1973年、イギリスのハウンズフィールド博士がX線CTを発明してから、がん病巣の形と位置が正確に診断できるようになりました。さらに、コンピューター技術の進歩により、治療計画やシステムの制御なども容易に行えるようになりました。  

 1977年から1992年の間に米国のローレンス・バークレー研究所(LBL)で約400人の患者がネオン線で治療されました。これらの臨床研究は、ほとんどが核物理学研究施設で行われてきました。1990年、ロマリンダ大学医療センター(LLUMC)の陽子線治療センターが世界で最初の治療専用施設となりました。

 わが国では、陽子線治療に関しては、(独)放射線医学総合研究所が1979年に臨床研究を開始し、続いて、筑波大学陽子線医学利用研究センターが高エネルギー物理学研究所の陽子線を用いて1983年に臨床研究を開始しました。重粒子線治療に関しては、(独)放射線医学総合研究所が1994年に臨床試験を開始しました。現在、わが国では上記の2施設の他に、国立がんセンター東病院、兵庫県立粒子線医療センター、静岡県立静岡がんセンター及び若狭湾エネルギー研究センターで治療や臨床試験が行われています。

 なお、国立がんセンター東病院の陽子線治療、(独)放射線医学総合研究所の重粒子線治療および兵庫県立粒子線医療センターの陽子線治療と重粒子線治療は高度先進医療として認可されております。


粒子線治療の歴史年表

1895年 レントゲン博士がエックス線を発見
1896年 エックス線によるがん治療開始
1946年 米国・ロバート・ウイルソン博士が粒子線のがん治療への応用を提唱
1950年代 大型加速器の開発が進む
1955年 米国・ローレンス・バークレー研究所が陽子線による臨床研究を開始
1961年 米国・ハーバード・サイクロトロン研究所とマサチューセッツ総合病院共同か陽子線治療を開始
1970年代 コンピューターの性能が著しく向上
1973年 英国・ハウンズフィールド博士がエックス線CTを発明
1979年 (独)放射線医学総合研究所が陽子線による臨床研究を開始
1983年 筑波大学が陽子線による臨床研究を開始
1990年 ロマリンダ大学が世界で最初の治療専用施設を建設し、陽子線治療を開始
1994年 (独)放射線医学総合研究所が重粒子線による臨床研究を開始
1998年 国立がんセンター東病院が陽子線治療を開始
2001年 国立がんセンター東病院の陽子線治療が高度先進医療として承認される
2003年 (独)放射線医学総合研究所の重粒子線治療が高度先進医療として承認される